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只見線全線復旧

やたらとエキサイティングしていた只見町内

 

 「時は来た、それだけだ!」と発言した有名プロレスラーがいましたが、まさに時は来た!ようやく11年の時を経て只見線が全面復旧となった。そりゃあ、沿線自治体もお祭り騒ぎになるというもの。只見町内に入った瞬間登り旗だの横断幕だらけなのが気合入っているなあと思いました。管理人は前日から只見入りし、久々の不通区間と従来の区間を合わせて只見〜会津高田往復で撮影地がどんな状況かロケハンした。その結果、早朝運転だった落ち葉掃き列車やラッセル列車と違い、大量に押し寄せるマニヤと片側交互通行区間を加味して追っかけはまず不可であろうという結論に達した。そのためどこで撮るかという話になるが、一発で不通区間と分かる場所といったらあそこだろうと会津蒲生〜只見の蒲生岳バックを往路で撮影する事にしたが、前日現場マルヨの気合の入った車があまり見られなかったので管理人は田子倉ダム駐車場で車中泊をする事に。

 翌日早朝、マルヨしている車も何台か居たが、場所取り脚立1基だけがポツンと置いてある撮影地に実質一番乗り。上り一番列車を撮影するためスタンバイをするが、早朝のため蒲生岳の頂上はまだ霧の中。お出迎えで集落の方が何人かやってきてキハ110系2両に手を振る。車内はつり革に掴まる多数の乗客がいて盛況のようだ。車両がキハ40系ではなくなってしまったが、ようやく只見線復活を印象付ける光景だった。

あいにくの霧

 

 続いて編成長チェックでもするかと下り一番列車を待つが予定時刻を過ぎても来ない・・・。多客で遅れてんじゃねーのと現場のマニヤ諸氏が話す中、運行状況見ていたマニヤから塔寺〜会津坂本にてキハ120立ち往生の一報に色めき立つ現場。途中で警備のJR東日本社員が撮影地にやってくるが、始発423Dは現場で運転打ち切りし、バスで乗客救済後に会津坂下まで退行する。記念列車はなんとか運転したいので時刻等調整中とコメントして去っていった。これにより2時間以上の遅れは確定なので撮影地に残る人、他の撮影地へ移動する人と分散する事となった。天気は只見線にしては久々すぎるド快晴で10月に入ったとはいえ気温が急上昇して暑い!管理人は日よけ帽子を被ってひたすら撮影地で待つ事にした。

 会津若松を11:12発で記念列車がなんとか発車し、先行する会津川口止まりの425Dを小出まで延長運転する事になったらしいので昼過ぎには皆さまカメラ機材を再セッティング。町内放送で運転再開を知った地元の方も続々と踏切付近に集結しお出迎えの準備。13時13分、ようやく下りの一番列車となる425Dの延長運転列車が通過。皆で手を振って見送る。続いてキッカリ1時間後に記念列車が通過。管理人はリモートコントローラーで鉄橋を渡るDE10を撮りつつ、手持ち撮影でお見送りの集落の人とDE10を入れて撮る欲張り作戦に出た。DE101651+オハニ36-11+オハ47−2261+スハフ32−2357のスペシャル編成は汽笛を一発鳴らしてトンネルに吸い込まれていった。遅延の影響で他の撮影地では完全に光線が終わった状況だったようだが、我々の撮影地は比較的良好な光線だったようだ。

何とかマトモな光線で撮れました

 

乗務員さんも思わず手を上げて応える

 

 撮影後、只見方面へ行く大量のマニヤ車を尻目にはてどこで撮ろうかと思案する。不通区間側で撮りたいのであるが、沿道の混雑具合を考えると完全に終わっている。ならばとラッセル時代に撮影した会津中川の跨線橋へ向かうと誰もいない・・・。まあ、これが普段から撮影しに来ている人間とネタの時だけ繰り出す人間との違いですよ(笑)

意外と穴場です

 

 撮影後、大量のマニヤ車で国道に合流できなくて難儀しましたが、何とか車列に潜り込んで思案する。普通に走行すると会津坂下まで追いつかないのだが、会津柳津の手前からショートカットして一気に根岸〜会津高田の撮影地へスーパーモード走行。まだ会津坂下を発車していないとの事だったので、磐梯山をバックに入れて撮影する事にした。列車が遅れていなければ本当は稲刈りシーンで撮りたかったんですが・・・。露出がかなり厳しくなった17時半になってDE10がゆっくりと通過。日の入りには間に合わなかったが夕焼け空と磐梯山をバックに行く印象的な写真が撮れました。撮影後、一目散に新鶴温泉センターへ入浴を済ませたらすぐさま会津坂下の街で補給と給油を済ませて道の駅みしま宿へ向かった。

なんでみんな線路側に集結するんでしょうか・・・

 

 道の駅に到着すると案の定多数の他県ナンバーで埋め尽くされていたが、なんとか空いている枠があったので滑り込む。構内を見渡すと何も停まっていない駐車枠に脚立が立っている。撮影地に続いて道の駅の駐車場まで場所取りとは世も末である。若い衆の皆さまテンションが高いのは分かるのだが、午前1時半まで騒ぐんじゃないと周囲のマニヤを代弁してここで言っておく。

 翌日早朝起床。午前5時前に上がったのだが、既にベストポイントは完全制圧されていてビビる。お立ち台も大昔の獣道だった頃と比べると綺麗に整備されているが、樹木の成長により以前ほどキャパシティが無い。それでも管理人は無事鉄橋を撮影できるスペースを確保して列車を待つ事にする。待機している間にも続々とマニヤ諸氏が息を切らせながら登ってくる。三脚や大型カメラバッグ、果ては4段脚立まで担いで上がってくる。山小屋の歩荷バイトみたいな光景でした。 待つ事しばし、山の陰で日の当たっていなかった第一橋梁に陽が差し込み、普通列車で皆さまアングルチェック。通過時刻となり皆さま急に静かになる。おお、お召し列車通過前みたいな懐かしい雰囲気です。DE10が轟音を立てて鉄橋を通過すると斜面から大歓声と拍手が湧き上がった。普段は大勢のマニヤがいる撮影地は敬遠するのだが、たまには良いかなと思いました。

緊張の一瞬

 

天気も良く最高です

 撮影後始まった怒涛のトライアスロン大会(笑)大勢のマニヤが麓の道の駅目指して隊列を組んで登山道を下る。そして駐車場に着くとものすごい勢いで始まるF1只見GP開催である。マニヤ車で埋まっていた道の駅の駐車場が一斉にがらーんとなり、交通整理に駆り出されていた警備員氏もポカーンとしていた。管理人は間に合わないのを承知していたので、只見まで国道252号を軽く流す。大賑わいの只見駅前を見ながらそのまま国道289〜121号経由でレンタカー返却のため鬼怒川温泉駅へ向かい、きぬ146号で関東へ帰還したのだった。

 

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